夢源樹の店主から、無理矢理引きずり込まれた執筆者が、蔵の闇に散らばった言の葉を拾い集めて紡いだコラム。
2010.08.20 Fri.
カッバーラにおける生命の樹は、ときに人体にたとえられる。これをアダム・カド
モンという。アダムとは、ご存知の通り、『聖書』の「創世記」に記された最初の
人。神が土の塵から創造した存在である。
ちなみに、ここでいう土とは赤土のことで、ヘブライ語ではアダマーという。アダ
マーから創造されたので、アダムという名前になった。いわばダジャレである。
カッバーラのアダム・カドモンは生命の樹を背負った状態で描かれる。生命の樹は
後ろ向きになっているので、当然ながら、アダム・カドモンも背中をこちらに向けた
格好で立っている。
もっとも生命の樹の図形を背負っているより、実際は、アダム・カドモンの体その
ものが生命の樹に対応しているといったほうが正しい。生命の樹の中央の柱が背骨、
両腕が他の柱、そして11個のセフィロトが頭部や首などの各部位に対応しているの
だ。その意味で、人体は、それ自体が生命の樹であるといえるのだ。
したがって、人体を模した人形は生命の樹を表現していると解釈することもでき、
これがしばしば魔術に使用されるわけだ。キリストや聖人の像を拝んだり、祈りの対
象とすることは偶像崇拝として戒められているが、その実、アダム・カドモンとして
呪術を行っていることになる。これは他の宗教の偶像、たとえば仏像でも同じことで
ある。
古代の日本人も、カッバーラを知っていた。筆者が注目するのは埴輪である。古墳
に並べられた埴輪は墓の主を護っている。馬や家を象ったものもあるが、埴輪は基本
的に人形である。これをアダム・カドモンとみなせば、その材質は埴土、つまり赤土
である。はたして作り手が意識していたかどうかまではわからないが、アダムがアダ
マーから創造されたことを思うと、実に見事な一致である。

三神たける
MIKAMI Takeru
某商業誌に超常現象系のコラムを寄稿する謎のライター。
‘70年代の多感な時期を、ユリゲラーやUFOと共に過ごす。
生年、性別不明。
